嗚呼、無常。

Fortune Tarot

日本は今、全体主義国家へと舵を切ってます。全体主義とは、例えば国の為に命を捨てるって事です。国の為に、民が居るのではありません。民の為に、国があるんです。そもそも日本の憲法には、勤労の義務が在ります。義務を『負う』という時点で、それは奴隷という事です。でも納税さえしてれば、勤労しなくても良いじゃないですか。また児童は酷使するなと在りますが、じゃあ大人は酷使して良いのかという話ですよね。実は日本は、既に奴隷国家でしたという話です。それなのに、更に国家は私達国民から搾り取ろうと企んでる訳なんですね。

でも私達は、社会に貢献するべきです。するべき、というのは押し付けてる訳ではありません。ただ私達の脳は、社会貢献するのが好きなんです。寝て喰って糞して、それを繰り返してるだけじゃ私達の脳は幸せを感じないんです。その様に、私達の脳は創られてるんです。そもそも獣でさえ、寝て喰って糞してるだけじゃないですよね。子や群を守る為に、己の命を投げ出す事も有る訳ですからね。獣より進化してる私達なら、尚の事です。その社会貢献の為に、国に尽くすなら良いんです。国の為に命を捨てたとしても、それならば良い訳なんですね。

つまり利他こそが、究極の利己という事です。我がが幸せを感じたいなら、人を喜ばすしかない訳です。人を喜ばせれば喜ばせるほど、我がが幸せを感じれる訳です。そして極論、それは自己満足でも構わない訳です。何をすれば人は喜ぶのか、極論そんな事は分かりません。何をされたら私は嬉しいのか、極論それも分かりません。これをされたら嬉しいと思ってたけど、いざされたら大して嬉しくなかった・・・なんて事は、よく在る話です。じゃあ自己満足でも良いから、人を喜ばすんです。利他に徹する事が、利己に徹するという事という訳です。

何となく、話が縁起っぽく成ってきましたね(笑)でも今日は、無常の話を書きます。無常とは何かと言うと、諸行無常の事です。そして読んで字の如く、常は無いって事です。全ては空で実体は無いのだから、絶対的な物なんか無い訳です。それは、全ての物は常に移り換わってるとも言えます。季節が移り換わる様に、自然もまた無常なんです。私達を含む、森羅万象は無常なんです。そんな無常を、認めちゃいましょうという話です。無常を認めちゃえば、怖い物は無くなるでしょう。少なくとも、安心安全安定を求めてビクビクしなくて済みます。

例えば、バッターボックスに立ったバッターさん。当たり前ですが、飛んで来る球を打ちたい訳です。でも「打ちたい打ちたい」と考えると、その考えに囚われて無駄に力んでしまいます。そして三振、バッターアウトです。でも無常を認めると、力みが取れる訳です。すると打てる確率が、グーンと上がる訳です。具体的には「無常を認める」と、呟けば良い訳です。これは頭の中だけで呟いても良いのですが、どんなに小さな囁きでも良いので声に出す事をオススメしますね。たった1言を言うだけですので、ここ1番に是非とも試してみて下さいね。

例えば、目の前にコンビニ弁当が在るとして・・・そのコンビニ弁当は、1時間後には食べられて体の中に在るでしょう。そして1日後には、消化されて体の外に出てるでしょう。嗚呼、無常・・・例えば、目の前にコンビニ弁当が在るとして・・・そのコンビニ弁当を、店で売ってくれた人が居る訳です。そしてそのコンビニ弁当を、店に運んでくれた人がいる訳です。嗚呼、無常・・・始めのを時の無常、次のを場の無常と言います。この2つの無常を認めると、食べ物を食べ過ぎなくなります。これぞ、無常ダイエット。是非とも、お試しあれ(笑)

まぁこの2つの無常を認めると、ダイエットだけでなく物を大事に扱う様に成りますしね。更に例えば、目の前にコンビニ弁当が在るとして・・・そのコンビニ弁当は、食べる物という役を担ってます。でも店で売っってくれた人や店に運んでくれた人にとっては、商品という役を担ってます。また例えば、目の前にコンビニ弁当が在るとして・・・そのコンビニ弁当の中身が入ってる容器は、中身が入ってる内は容器という役を担ってます。でも中身を食べ終えてしまったら、ゴミという役を担います。嗚呼、無常・・・じゃなくて、これは仮観ですね。

つまり時と場を司る縁起が、無常なんです。そして仮の役を司る縁起が、仮観なんです。縁起のルールの1つ、絶対的な物は無いという事です。無常を認め、仮観を認める。それは、己の命を認めるとう事です。存在を認めるのではなく、関係を認めるのが縁起です。存在が関係を作ってるのではなく、関係が存在を作ってるのです。じゃあ無常という関係や仮観という関係を認める事は、己という存在を煌めかせる事に繋がります。まぁ仮観は空間とコラボすると中観に成るので、無常と中観を認めた方が良いかもですけどね。まぁ、こんな感じですね。

幼い頃からスピリチュアルに興味と関心を持ち、多くの師に仕えつつ学びを深める。 未だ学びの途中ながら、その学びはスピリチュアルの枠を超え多岐に渡った。その知識や能力をアウトプットする場として、祓師という職を選ぶに至る。 クライアントの心に寄り添い、明日への元気が出てくる様な施術を行う。

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