子どもの自分を手放す

Fortune Tarot

あなたがもう良い年齢の大人ならば

かつての私がなかなか自分らしくなれない要因のひとつに、「私は自分の親にとって良い(役に立つ)子どもでいなくてはならない」という信念がありました。

小さい頃は、今よりも狭い世界で生きていて、知識も少なく素直だったので、学校や家の中で何か物事を選ばなくてはならないとき、自分にとって良い方ではなく、周囲の大人にとって邪魔にならない方を選ばなくてはならない、と勝手に思い込んでいました。

選択を間違えないように、しっかり大人の反応や顔色をうかがって、「どちらかというと、こうするのがこの大人にとって正解であろう」という選択をしてきました。

ときには自分にとって不要な選択をしなくてはならなかったり、好きでもないものを好きだと笑顔で言ってみたり、大人たちにとっては何でもないことであったとしても、その頃の私にとっては重大なことばかりでした。

当然ですが、こうやって自分の本当の気持ちを蔑ろにしながら成長を続けていくと、歪んだ家族関係が出来上がっていきます。

これは、小さい頃ならば誰にでも起こり得る話です。

どうして大人の顔色をうかがうことに必死になっていたか?といえば、

「もっと愛して欲しい」「ちゃんと私を見て欲しい」「大事に扱って欲しい」「私の存在を認めてもらいたい」「良い子だね、頑張ってるねって褒めて欲しい」「優しくされたい」「理不尽なことで怒らないで」「もっと家族を大事にして」・・・
こういった望みが根底にあったのかもしれません。

もちろん、当時の大人(親)には、その時のその人の生き方や考え方があるわけですから、いつも子どもの望むような反応をしてくれるとは限りません。
むしろ、「思っていたリアクションと違っていた!」「なんで?じゃあどうすれば良いの?」ということの方が多かったかもしれません。

そうなると、淡い期待が外れてガッカリするのは子どもの方です。

「こんなに周囲の大人のことを考えて行動しているのに」「こんなに認めてもらうために頑張っているのに」「無理してでも良くないところを見せないように、良い子であるように気をつけているのに」

いくら頑張っても認めてもらえないことに対する悲しみや怒りに加えて、自分の無能さや役に立たなさに心底ガッカリする自分がだんだん姿を現してくると、自分の本当の望みは他にあるにも関わらず、積もっていくのは自信や喜びよりも苛立ちや不平不満ばかりという、矛盾した状況に陥っていくばかりです・・・。

これが酷くなっていくと、もう誰のことも信じられなくなるし、どうしたって頑張りを認めてもらえない自分に対しても腹が立ってくるしで、今度はだんだんひねくれた気持ちが出現してきます。

「どうせ頑張ったって無駄」「誰も私の気持ちなんか分かってくれない」「私なんてここに居ても無意味なんだ」

ここまでくると「何もかもがオモシロくない」「私の人生、いろんなことが上手く行かない」という勘違いが起こり始めたりします。

自分でそういう風に思い込んでいるだけなのですが、長年に渡って自分をそういった環境下で虐げてきた自分自身にもこうなった責任があるということには、なかなか気がつけなかったりするものです。

さらに(そうなりたくはありませんが)、こうした気分のままで年齢を重ねていくにつれ、極端な話、家族や周囲の人間と深く関わるのが嫌になったり、何を言われても(たとえ褒められたとしても)不信感や嫌悪感しか抱けなくなることだってあり得る話です。

これまで溜め込んできた「やり場のない怒り(その根底にあるのは悲しみ)」を自分自身や周囲に向けてしまう自分にがっかりし、何をするにしても思い通りにならない自分に自信がもてなくなるどころか、最終的に何が正解なのかさえも分からなくなり、精神的に落ちてしまったり、大きな病に繋がることだってあるかもしれません。

それってまだ必要ですか?

「本音と建て前」「社交辞令」「とりあえず表向きは」という言葉を知らず、そういった知恵も持たなかった頃は、状況によってコロコロ変わる大人の態度や発言の、あまりのギャップに度々ショックを受けたものです。

大人になるにつれ、人というのはいろいろな側面を持ち、立場や役割によって言い方や態度を変えることの方がむしろ自然であることも当たり前に学んでいくはずなのですが、いかんせん、家族関係になるとそれができなくなるというか、小さい頃のままの自分を演じてしまって、そんな自分をやめられることにさえ気がつけないことがとても多いです。

求められること以上の結果を出さなければならない自分も、できるだけ息を殺して目立たない存在でいようとする自分も、笑わせようと無理しておバカを演じる自分も、どうにかして穏やかに過ごせるように必死に仲を取り持つ自分も、いつでもやめられるはずなのに、それが自分だからやめられないと思い込んで、大人になっても苦しんでいる人がいます。

そこまでして、あなたが親に求めているのは何でしょうか?
謝罪でしょうか、それとも愛しているという言葉でしょうか。
今さらそれを手に入れたとして、過去の出来事は変わりませんが、とりあえず気が済んだ(満足した)として、その先のかかわりについてはどうしますか(割と気まずくなったりするのではないでしょうか)?

親にぎゃふんと言わせたい、どうにかして思い知らせてやりたいなどという気持ちは、この記事の最初の方に書いた「愛して欲しい」「私を見て欲しい」「大事に扱って欲しい」「存在を認めてもらいたい」「良い子だね、頑張ってるねって褒めて欲しい」「優しくされたい」「理不尽なことで怒らないで」「もっと家族を大事にして」・・・こうした幼い頃からの望みが根底にあったことに変わりは無いはずです。

それがずーっとずーっと心に引っかかって、自由なのに自由に生きられていないような、私が本当の私ではないような、「心のどこかで期待し続けては裏切られた気持ちになることの繰り返し」のような人生が、今世の生きる歓びであり、人生の醍醐味であるとは、私は思えません。

残念ですが、たとえ親であったとしても、簡単に人は変わりません。
あなたが被害者意識を捨てない限り、こうした関係性は変わらないでしょう。

思い通りにならなくて駄々をこねるような、子どもの自分を卒業することです。
あなたが思うほど、周囲はそんな風に思っていないことに、気がつくことです。
かつては自分の親だって、誰かの子どもだった(あえて言いますが)のです。彼らの育った家庭環境は、もしかすると良いモノではなかったのかもしれません。
親子の関係性について誤解したまま、自分が親に扱われたように、自分の子どもにも同じような価値観を植え付けようとしてしまっているのかもしれません。

少し視点を変えて観ると、親だって一人の孤独な人間であることに気がつけるはずです。
今さらどうにもならないことにこだわりつづけて、自分の人生の時間を奪われ続けて過ごすなんて、なんだかもったいないな、このままじゃいけないな、と思えてきたらチャンスです。

私は周囲の大人にとって都合の良い子どもでいることをやめました。
都合の悪いことは互いに見ないフリをして、こそこそと嘘だけが増えていくような関係性には偽りの愛しか見えないことに嫌気がさしたからです。

私は、無理して親や親族に喜ばれることよりも、自分らしさを大事にしてお客様や他人様から喜ばれる生き方を選びました。

その結果として、こんな風に運よく好きな仕事や学びあえる人たちとの出逢いに繋がり、実際にこの仕事だけで食べていけていること(生かされていること)が、「あの時の私の選択が未来の自分にとって必要なモノであった」ことを証明してくれているのではないかと思うのです。

少なくとも、家族関係で悩んでいたあの頃よりも、そこから離れた今の自分の方が気持ち的にも本当に楽で自由で、もっとはやくこのことに気がつけたらよかったのにな~、と思ってしまうくらいです。(だからこうやって同じようなことを書き続けるのですが)

もしもこの投稿を読んでいるあなたの心のどこかに、まだ子どもの自分のわがままに付き合い続けている大人の自分が存在するのであれば、一度きちんと自分自身を説得して、古傷を自分からまた傷つけに向かうような原因となっているこだわりや執着に、さよならされることをおすすめします。

余談ですが、当サロンの「気功整体」並びに「気功ヒーリング」では、「インナーチャイルドの癒し」も施術内容のひとつとして取り入れております。
心と身体は繋がっていることは、私も自分の経験からよく理解しているつもりです。

言語で書き換えるのが、私の行うコーチング的なタロット占いであるとするならば、非言語で書き換えるのが気功整体や気功ヒーリングという位置づけになるかと思います。
どちらにしても、運のよい本来の私を目指すことに変わりはありません。

その時のご自身にとって必要なメニューをお選びください。

気功師・タロット占い師・コーチの藤井裕子です。 選べるハーブティーと日替わりのプチスイーツをお楽しみいただきながら、ゆっくりお話をうかがっています。 日常から離れた心地良い空間で、日頃の不安やストレス、緊張で凝り固まった心と身体のメンテナンスはいかがでしょうか? タロットや気功、コーチングを通して、あなたの未来に良い変化が訪れますよう、全力でサポートいたします。 ささいなお悩みでも構いません。ぜひ一度足をお運びください。

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