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完璧な親になろうとして肝心な子どもに意識を向けていない
自分も人のことを偉そうに言える立場ではありませんが、心の病や何をして良いのか分からなくなる要因の一つに、家族間の問題があったりします。
長年蓄積された家族の関係性にまつわる問題は、人によっては生涯にわたって恋愛や結婚、他者との関係性を築く上で、独特の価値観や独特の家族の常識といったものに囚われ過ぎていることに本人も気づけないまま、「なぜかうまくいかない」という状況をつくり出しがちです。
幼い頃から繰り返し繰り返し刷り込まれてきた考え方や振る舞い方は、長い時間をかけてまるで「本人が元々そうであったかのように」染みついてしまっているので、「何がおかしいのか?」「どうして周りの人に理解されないのか?」さっぱり分からなかったりします。
特に幼い頃の両親や祖父母、兄弟姉妹の関係性から身に付けた思想や信念、道徳観は、どんなに年を重ねても、根深いところで心や身体、周囲に影響を及ぼしていることがあります。
個人的なことになりますが、私は幼い頃からどこか冷めた目で周囲の大人を観察していたようです。
見た目(表むき)は仲が良さそうなのに実際は違っていることや、「先生」なんて呼ばれているのに、中身はそこらへんにいる人間と同じなのだな~ということ。
大人同士の「本音と建前」のギャップに恐怖すら感じたこと。
いい大人同士なのに、互いに平気で嘘をつくこと。それが相手のためではなく、自己保身のためだということ。
おまけに自分自身(本心)にも嘘をついて、ごまかしながら生きている大人がとても多いということ。
お互い本当は好きなのに、失いたくない、裏切られたくない、相手になめられたくない、負けたくないという身勝手な思い込みから、些細なことで感情的になって、喧嘩してしまうこと。
自分の味方につけようとして、そこに居ない人の悪口を言ったり、「自分は悪くないのに」と愚痴をこぼしたりして、同情心や幸せになることへの罪悪感を相手に植えつけ、結果的に共依存へ持ち込もうとすること。
もしくは、弱い立場の相手に対してわざと威圧的な態度をとったり、徐々に追い込むことで、思い通りにコントロールしようとすること。
大人の在り方が客観的に見えれば見えるほど、どんどん居心地が悪くなって、結果自分自身も同じようなことを繰り返してしまうであろう未来に、いいかげん嫌気がさしていたものです。
だって、「それ」しか見えていなかったし、「それ」しか知らなかったのですから。
変な大人になることが嫌だったし、とても恥ずかしかったので、ルールやマナーについての本や、暮らしの知恵などの本を必死になって読んだものでした。
しかし、何がどうあれば「完璧な大人である」と言えるのかは結局分からないままだったので、将来を悲観して途方に暮れた時期でもありました。
事実ではないかもしれないけれど象徴的な夢
しばらく前まで、睡眠中の夢の中に、黄色いキャップで赤い小花柄の「ほ乳びん」が良く出てきて、それが出てくる度になぜか、本当に悲しい気持ちになるという、謎の出来事がありました。
夢の中で何があったのか、正確には覚えていないのですが、確か両親は、その「ほ乳びん」を外出先に置き忘れてきたことで喧嘩をしていて、まだミルクの必要な月齢だった赤ちゃんの弟は、何も分からず泣いていたような・・・。
そんな状況の中、4歳くらいの私は、本当にどうして良いのか分からずに、毎度オロオロするしかないのです。
確かにあの時、哺乳瓶が置いてあることに気がついてはいたけれど、帰りにちゃんと持ったかどうかを親に確認しなかった私がきっと悪い子なのだ。
今さらそれを言ったらもっと怒られるだろうし、言わなかった私のせいでお腹を空かせて泣いているかもしれない弟にも申し訳なくて、本当にごめんなさい・・・言えばよかったかもしれないけど、まさか置いて帰るとは思わなかった・・・どうしよう・・・そんな感じなのです。
夢の中の記憶なので曖昧なのですが、些細なことで親が不機嫌になったり感情的になったり、ケンカやトラブルになることが恐怖というか、それでそこにいる自分までが気まずい思いをしたり、理不尽に感情をぶつけられるとどうしてよいか分からなくなるし、私みたいな存在が何か言ったり行動したとしても、きっと何も変わらないか、もっと悪くなるだろうという「あきらめや不安」もあって、とにかく酷く悲しかったようです。
私はいつも優しい奥さんであり母でありつづけるという呪縛
だから、結婚や家族というものに期待などしてはいけない、むしろ苦行だと思っていましたし、いつかみんなするんだから何歳で結婚しても良いや・・・など、その当時のみなさんにはバレていたかもしれませんが、あの頃の私は、いろんなことに投げやりな態度でした。
「どうせどこに行ったって逃げられない。」
ただ、ゴタゴタは面倒なので、結婚したら何があっても絶対にケンカはしたくないし逆らわないのが正解、素敵な奥さんを演じていれば無難に生活できるだろう、と心に決めていたのですが、それは大きな間違いでした。
無駄に我慢して、無駄に言いなりになって、無駄に遠慮して良い人を演じていった結果、どんどんエネルギー(氣)が奪われていき、何のために自分がここに居るのかさえ分からなくなって・・・そんなクズみたいな生き方をしているから、蟲(悪霊や生霊)もわらわら憑いてきたのでしょう。
存在自体がゴミみたいにならないと気がつけなかった自分が、確かにあの頃いた訳です。
どんどん現実を直視せざるを得ない事件が起こる
陰極まれば陽に転ずるように、ギリギリのラインで持ちこたえようとあがけばあがくほど、事態は残念な現実を浮き彫りにしていくばかりでした。
もう、誰を信用して良いのかも分からないし、どんな自分でいるのが正解なのかも分からない。
何をもって「完璧な娘」「完璧な妻」「完璧な母親」なのかも分からない。他所の女の人と比べられて嫌味を言われるのもツライ。
表向きは「善人顔」を見せていても、その裏側で蓋を開けてみれば、醜い現実が顔をのぞかせる。
私だってそう、何を頑張っても、何を我慢しても、もう何が楽しいのかさえ分からない。
家族ってなんなのだろう・・・
無知であったが故の、子どもに対しての申し訳なさでいっぱいです。
それでもその時は、そうするのが精いっぱいだった、としか言えません。
実際に子育ての悩みでご相談に来られるみなさんも、それぞれの状況の中で、よく頑張って、精一杯やっていらっしゃると思います。
自分に戻る作業
死んだように生きていた私が下した「そこから出る」という決断は、私に大いなる変化をもたらしました。
結果的に、自分から波乱万丈な生き方を選んでしまっているようなところもあるのですが、私の知らないところで崩壊が起こることもたくさんあって、今の自分にたどり着くまで何度も闇夜を経験してきている気がします。
つい最近も、自分でも本当に驚くことが起こったり・・・割ととんでもないことが起こっているのですが、ここまでくると、もはやしょうがないなと思ってしまう自分もいます。
人間なので、誰でもミスはあるとは思いますが・・・。
進化・成長・成功し続けるためには、ある程度の失敗は必要なので仕方がないと思うしかないです。
それでもこうやって書きながら学ぶことや、ヒーラー・セラピストとしての技術を磨いていくことを、やめないで続けていられるのは、こうして私とご縁のある人たちが、その時々にここへ来てくださるからだと感じています。
その人の人生の節目に、言語・非言語で何かしらのメッセージをお伝えして、また次の場所(ステージ)へ。
思いっきりその人の本質が煌く方向へ背を押すこともあれば、本質から逸れて生き方を間違っている人には容赦なく軌道修正させるような出来事を引き寄せてしまうこともあるようです。
そこでその人が何を選択するかはその人次第なので、あとはその人の意思にお任せしています。
私と関わることで運のよくなる人がたくさん増えたら、もっとワクワク、毎日を楽しめる世界が拡がっていくかもしれないな~、そしたら素晴らしいな~、なんて、勝手に想像して楽しんでいます。
話がそれましたが・・・
どんな「毒親」だってかつては「子ども」であり、またその両親(祖父母)から「そうなるようにしつけられてきた結果」の「被害者」といえるかもしれません。
原因を追究しても見つかりませんが、客観的に家系に引き継がれてきている「傾向」は分析することができます。
考え方や人との接し方が似てくれば、トラブルの引き起こし方も、対処の仕方や態度までもが無意識に似てきてしまうのは当然のことだと言えるでしょう。
また、一緒に住んでいれば、お互いの良くない影響(氣)を嫌でも受けてしまうので、結果、自分が被ってしまったり同調してしまったり、自分以外の何かにコントロールされていることに気がつけないことがあるかもしれません。
しかし、こういったことを理解していけば、
「これは私の問題じゃないな。」と、自分のことなのか他者からの影響なのかが分かるようになってきます。
そして、「こんなことにいつまでも囚われているなんて馬鹿馬鹿しい」と自分の愚かさを笑えるようになってくれば最高です。
周囲の影響から上手に自分を護(まも)ることは、自立した自分の人生を生きる上でとても大事なことです。
どういうわけか、私はこんな風にちょっとずつどえらい経験をしながら、自分で自分を護ることが上手になっていきました。
それは、私を思い通りにコントロールしようと試みてきた、かつて私の近くに存在していたみなさんのおかげでもあります。
言うことを聞かない、思い通りにいかない、全く気付かない私にイライラされることも多かったことでしょう。
おかげさまで、今や「良い意味で他人に興味のない私」ができあがりました。
このことには本当に感謝です。
なぜなら、この仕事をするのに、とっても重要で必要な「要素」だからです。
良い意味で相手に巻き込まれず、客観的に状況を観てビジョンを浮かび上がらせながらアドバイスできることや、相手のエネルギーに触れられることは、非常にありがたいことだったりします。
そう!そしてすぐ忘れてしまう・・・良くも悪くも覚えていたとしても根に持たないので、私に対して何か思うことがある方にはごめんなさいです。
仕事中は全力で目の前の人に興味を持ちますが、プライベートでは外側の人のことにそこまで興味が無いのです。
ネガティブなことばかり妄想して思い悩むより、もっと自分や誰かの役に立つことに対して、時間と愛情を注いでいたい私が、今ここにいるのです。
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