そこから出てみるということ

Fortune Tarot

前提を間違えているのなら

人が生きていくにはまず生活する場所(家・住む所)があって、活動する場所(学校・職場・家庭・その他参加している何か)があって、日常的に関わる人たち(家族・恋人・知り合い・職場の人・クラスメイトなど)がいて、私の場合は「その時の私」として、いろいろな場所でいろいろな人たちと、その時々の活動をしています。

私なりに精一杯やってみる中で、嬉しいことがある反面、時には残念なことをやらかし、後でその時の自分の愚かさにハッと気づいて凹むことも、もちろんたくさんあります。

見ないふりをすることもできますが、冷静にふり返ると、あの時のあの時間の使い方やエネルギーの消費の仕方(関わり方)は極端だったな~とか、あれは特別思い悩むほどのことでもなかったのにな~といった具合に、「じゃあ、次からはこうしよう!」と思えることがたくさんあることに気づきます。

もしもこの先の話を読んで、何かしら思い当たる方がいらっしゃれば、先ずは自分の現状を立ち止まって観察してみて、「今」を大切に生きる方向へ進むきっかけになれたら嬉しいな、ということで今回は書いてみます。

どれだけ頑張っても変わるものではないのなら

自分がどれだけ頑張っても、睡眠時間を削ってまで必死に何かに取り組んでも、うまくいくどころか、むしろ奪われるばかりで気持ちの休まる暇もない、といった「環境」のことで悩んでいるのであれば、あなたがそこに居続ける限り、きっとこれから先の人生も、同じような状況の繰り返しになるかと思われます。

もしも一番身近な人たちから、「こうしろ」「こうするのが当たり前だ」「もっと気を利かせろ」など、要求されることばかりで、何をするにしても自分が犠牲になることが当たり前になっている自分に気がつけないようであれば、ちょっと心配です。

なぜならば、こういうときの自分というのは、何か物事がうまくいかない度に「私ができていないから」「私がもっとしっかりすれば」「まだまだ私の頑張りが足りないからだ」というように、自分で自分を追い込むことにエネルギーを消耗しがちだからです。

これではますます余裕がなくなり、しんどくなっていく一方になります。

何かを理由に現実と向き合おうとせず、あなたにその責任を負わせようとしてくる人たち(彼らはうまく逃げているにもかかわらず)の態度に、「自分が全てを背負わなければならない」と勘違いさせられているようであれば、早くそこから離れることです。

その人たちは好き勝手しておきながら、あなたの自由は許さないというのであればなおさらです。

「私がこの人たちを助けなければならない」「私がどうにかしてあげなければならない」「自分が甘えたことを言っていられない」「ダメな自分がいけないんだ」
こんな風に思い込むのはその人の自由ですが、今それをやっているあなた自身は楽しいですか?これらの言葉を繰り返し自分に言い聞かせることで、喜びに満ち溢れ、エネルギーや生きる気力がどんどん湧いてくるような気持ちになれているでしょうか?

もしもそうではなく、
「毎日を楽しめていない(楽しむ心の余裕がない)」「喜びどころか疲労感ばかりでどうすればよいのか分からない」「こんな自分ではなかったはずなのにと思うくらい気力が湧かない」「限界が来ていてアタマが働かない」ようであれば、無理に頑張り過ぎているサインです。

ひと頃の私は、
「お互いの協力、お互いへの感謝、お互いを思いやる、休息をとる、深呼吸する、周囲に世話を焼く以前に自分を大事にする」という概念がすっぽり抜けていて、

「とにかく迷惑を掛けないようにもっと周囲のためになる善いことをして頑張り続ければいつか必ず苦労が報われる」という、一方通行の幻想に支配されていました。

当たり前ですが、結果的に自分自身を蔑ろにするようなあの頃の生活を続けていたら、どんなに頑張ったとしても、苦労が報われる「いつか」なんて、きっとやって来なかっただろうな、と今なら思えるのです。

むしろ、そうやって生活していくのが当たり前になって、精神的にも体力的にもますますキツい状況に追い込まれ、目の前のことだけで精一杯の人生になっていたかもしれません。

それはそれで、ひとつの生き方としてありだとは思いますが、私には無理でした。

私がこうして今の自分を見つけ出すことができたのも、あの時に出逢えたみなさんのおかげです。

昔の私のように、しんどいことが続くことでようやく「自分の不具合」に気がつけたとしても、そこから元々の「前提を変えていこう」と思えなければ、毎日を楽しく、軽やかに、健康的に過ごす自分になっていくことはできなかったかもしれません。

その都度、何かしらの気分転換をして一時的に楽になったとしても、根本を変えない限り、また同じことの繰り返しになっていたでしょうから・・・そうすることをやめるきっかけとなった出逢いと学びには、今も感謝しています。

嫌われても誤解されても奪われない

人は良くも悪くも、一度手にしたものを手放すことに対して、変に抵抗を感じてしまう(執着しがちな)生き物です。

もともと無かったものなのに、失うとなると、急に惜しくなりがちだったりします(たとえそれが自分にとって無益なものであったとしても)。

また、自分でコントロールしようとすればするほど、うまくいかないことに失望して自分を責めたり、相手を責めたりしがちです。

私がそこから抜け出すためにとった方法は、嫌われることや誤解されることを覚悟で、善い人として気に入られるためにやりたくないことまで無理に頑張る自分をやめることでした。
そこから勇気を振り絞って、価値観の合わない人たちからは距離を置くことを決めて、今を選んでいってみました。

個人事業主でしたので、それまではどんなに理不尽な扱いを受けても、収入を得るために目を瞑って我慢してきたことも多々ありましたが、やっぱりそれはおかしいと思えるようになったので、関わる人を取捨選択し、目先のお金よりも私らしく活動することができる人たちと関わろうと決めました。

結果、おそろしく自由になり(これが本来ならば当たり前なのでしょうが)、無駄に拘束されないことや、誰かのご機嫌をうかがわなくて済むことに慣れるまでは、「こんなに自由でいいの?こんなにリラックスしてて良いの?」と逆に不安を感じたものです。

割とバッサリやるしかなかったので、その時の私に対する周囲の感想は様々でしょう。

どちらにせよ「その人が主役」である「その人の人生の舞台上」では、他人である私の存在など、所詮「適当なわき役」もしくは「エキストラのようなもの」に過ぎません。

誰かのせいにするかしないかも、起きた出来事をどんな印象で受け止めるかも、「主役」であるその人の「脳と心」が決めることですので、私の管轄外ということになります。
お互いにもう「幼い子ども」ではないのですから、自分の人生を自己責任で選んでいくだけです。

恨んでも憂いても誰も幸せを感じないなら

個人のみならず、世の中全体の空気もなんとなく重たく感じられるような、この先どうなるのか分からない不安や恐怖を煽るような、非常にネガティブな情報が身近にあふれる一方で、こういったときだからこそ、希望を見失わずに、自分の可能性を信じて、命を大切に生きましょう、というような声も聞こえてきます。

どちらにせよ大事なことは、「今」を大切に、自分を大事に生きることです。
いつの時代だって、死というのは確実に訪れるもので、誰もがいつか終わりを迎えます。

できることならば私の人生は、
「すべて良かった!さようなら!」といった感じで終わりたいものです。
たとえそれが、どんな終わり方であったとしても。

今のあなたが不愉快で不満なことばかりでイライラしていたり、モヤモヤ鬱々としているのであれば、今が過ぎ去って過去となるあなたもそうであり、次の瞬間の未来のあなたもそうである、ということになります。

「今」の積み重ね(連続)が人生をつくっていくのですから、今がおかしいと感じるのであれば、「今」、何か行動を起こす必要があるということです。
それは、不安なことに対する知識を得ることかもしれませんし、味方になってくれる人たちに相談してみることかもしれません。
ゆっくりと休息をとることかもしれないですし、外の空気を吸って身体を動かしてみることかもしれません。

先ほどの「前提を変える」ということであれば、「自分の居場所だと思っているところが、実は地獄だった」ということだってあり得ます。
そうであれば、そこから脱出した未来もあることを想像してみることです。

その時に「相手に申し訳ない。相手はどう思うだろう。」など、相手の感情や将来について、あなたがあれこれ思い悩んでも仕方がありません。
本当のことは分かりませんし、相手からしても余計なお世話ですので、周囲の人の気持ちを勝手に妄想して勝手に悲観的になるのは、後回しで大丈夫だと思ってください。

それでもまだ思い悩むのであれば、今の苦しい当たり前が当たり前でなくなった場合の(自由な・気楽な・笑顔が自然にこぼれる・あたたかさにあふれている・元気良く心に余裕を持って活動できる・エネルギーが満ちている・幸せをたくさん感じられる)世界について、ワクワクしながら想像してみてください。

その時に「そんなの想像するだけ無駄」「想像なんてできない」「ここから出るなんて不安と恐怖しかない」と思われるのであれば、それもひとつの生き方です。どうぞ自由に今のままの人生を楽しまれてください。

結局は、自分次第だということです。

失敗を重ね、気まずい場面を経験しながら、人は精神的に磨き上げられ、成長していくものだと私は考えます。

私の場合、もしもあのままの自分でいたら、何もかもが停滞・もしくはうまくいかないことに悩み続けながらも、波風を立てないように、無難に、妥協しつつ、とりあえず日々をどうにかやり過ごすことで満足、というような人生になっていたかもしれません。

何がきっかけで、その人の本質が煌き始めるかは人それぞれだと思います。

写真のように、曇り空の向こう側は澄んだ青空、そのまた向こう側には美しい星空と、どこまでも広がる宇宙が常にあるのですから。

心のモヤモヤの向こう側に、煌く可能性を見出すことができますように。

気功師・タロット占い師・コーチの藤井裕子です。 選べるハーブティーと日替わりのプチスイーツをお楽しみいただきながら、ゆっくりお話をうかがっています。 日常から離れた心地良い空間で、日頃の不安やストレス、緊張で凝り固まった心と身体のメンテナンスはいかがでしょうか? タロットや気功、コーチングを通して、あなたの未来に良い変化が訪れますよう、全力でサポートいたします。 ささいなお悩みでも構いません。ぜひ一度足をお運びください。

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