こんにちは。
今日は個人的な「名前」に関するお話になります。
あくまでも私の考え方になりますので・・・あしからず。
私自身はあまり気にしていないのですが、
色々と推測されてしまうようなので、
一度記事にしようかと思いました。
興味のある方はどうぞお読みください。
私は、離婚した後も、
離婚する前の姓を名乗っています。
要は、以前嫁いでいた先と同じ苗字ですね。
なので、
「え?離婚したのにどうして元夫の姓を名乗るの?」とか
「もしかして、旧姓(実家)が嫌いなの?」とか
訳アリ?なのかと思う方もいらっしゃるようです。
混乱させてしまってごめんなさい。
当の本人(私)はどうかというと・・・
本当にあまり深く考えていなくて。
子どもたちの姓を変更する=学校での事務作業やらお友達からの呼ばれ方やら
めんどくさいであろうと。
それに私自身、航空会社に務めて結婚して以降、
特に、こうやって外に出て活動するようになってからはずっと
この姓でみなさん覚えていただいているし。
執着とかなくて。
めんどうなことをスルーしたかっただけなのです。
その方が楽だから・・・と言ったらお叱りを受けるでしょうか?
そもそも、新しい戸籍を作り、
同じ姓でも全く別モノですので、
気持ち的にどうとか、全くないんです。
だから、神妙な顔で先ほどのような質問をされて初めて、
あ、そんな風に思われるんだ・・・と思った次第です。
ただ、離婚前と同じ姓だと困ったことに、
なかなか離婚したことが伝わりづらいので、
いつのタイミングで確認して良いやら・・・と、
どちらかと言えばそちらの方が、
私としてはあいまいになるところで申し訳なく思うところであります。
そんな、
名前について考えさせられていた矢先、
素敵な男性に出会いました。
彼の名前は、弓削田健介さん。
宮崎県高等学校PTA連合会秋季研究大会児湯大会で、
講師としてお越しになった方です。
とても優しい声をお持ちの弓削田さんは
「放浪の合唱作曲家」と呼ばれることもあるという、
まさに全国を旅してコンサートしながら楽曲を提供していらっしゃる方。
その「いのちと夢のコンサート」の中で、
名前についてのお話があったのですが・・・。
おもむろに、
「それではみなさん、目を閉じてみてくださーい。」
から始まり・・・
「心の中で、自分の名前を読んでみてください。いつも呼ばれている呼び方でもかまいません。
何回も何回も繰り返し自分を呼んでみてください。」
「どうですか?少しずつ、誰かの呼ぶ声に変わってきませんか?」
例えば、『ご飯よ~』と呼ぶお母さんの声。
もしくは、『気をつけて行ってこいよ』と背中から聞こえたお父さんの声。
『一緒に帰ろ~』と追いかけてきた友の声。
あ~、そういえばこんな風に、名前で呼ばれてきたな~・・・
と、懐かしく思い出していたら、
流れてきたのがこの曲です。
↓クリックするとリンク先へ移動します。
しあわせになあれ
旅の途中で出会った酔っ払いのおじさんから教えてもらったという、
「名前は祈り」という毛里武さんの詩
そこから誕生した歌なのだそうです。
きっと、どんな名前であっても、
誰かの美しい祈りから授けられたものであるはず。
私もそう。
息子の名前を付ける時は、名づけ辞典やら姓名判断やら、
とにかく、この子が名前を呼ばれるたびに、
しあわせがたくさん訪れますように、と願ったなぁと。
なので、出産して入院中、
何度も何度も赤ちゃんに向かっていろんな候補の名前を呼びかけてみて、
一番しっくりくるものを選んだつもりです。
その美しい祈りは、その人の一部となる。
そう、姓は変わったかもしれないけれど、
名前は変わらない。
そして、私にそれを授けてくれた人や、
私が祈りを込めた人への想いは変わらない。
だから、別に気にしなくても良いのではないかなぁと。
もちろん、ご先祖様には感謝しているし
離れていても手を合わせています。
肝心なのは、
心の持ち様なのではないでしょうか?
・・・というようなことに思いを馳せつつ、
弓削田さんの素敵な歌声は、
心の奥にしまっていた、いろんなものを浄化するようで・・・
最前列にもかかわらず、涙が溢れてくるわ鼻水は流れてくるわ
大変なことになってました。
さぞお見苦しかったことでしょう💦
弓削田さん、素晴らしい時間をありがとうございました。
そして・・・
今日も私は、誰かの名前を呼びます。
しあわせになあれ、と祈りを込めて・・・
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