「感じる」だけではいろんな意味で成り立たない
前回の記事などで、「知識は大事ですよ」というお話をすると、どこからともなく「知識よりも感じることの方が大事だ」というお話が耳に入ってきます。
正直どっちがというより、どっちも大事なのですけどね。「知識が全てだ」とは、私、一言も語っておりませんが。
え~っとですね・・・感じたことを言葉にして伝えたり、きちんと理解するための「知識」をまず持っていることが、誰しも前提として必要だということは、お分かりいただけますでしょうか?
賢い人は、一瞬で感じたことを計算して(論理的に考えて)答えが出せているだけなのですが、それを素人がまねしたところで、できるわけがないのです。
極論、レストランのメニューを見て一瞬で決められるくらいの、情報の処理能力(速度)を持っているかどうかということです。
パッと見、一瞬で答えが導き出されているように見えてしまうので、勘違いしてしまう人が出てくるのも仕方がないといえば仕方がないのでしょうけれど・・・。
「自然との対話・宇宙との対話ができていれば問題ない」といったような話を耳にすることがありますが、この言葉を「何も考えなくて良いのだ。ただ感じることができればそれで良いのだ。」と受け取っている人は、ちょっと待ってください、と思います。
物事を論理的に考えるためには、ベースとなる知識が必要であり、五感で感じたことが何か(知識)と結びつかなければ、全く意味がないのです。
たとえば自然と対話できたとして、そのとき自分が感じたことを誰かに伝えたり、共有するためにも、やはり感じた何かを言葉に変換するための知識が必要になるわけです。
そもそも、知識がないと、モノは見えません。
勉強もせずに(知識も無いのに)、いったい何を感じられるというのでしょうか?
私たちの世界を切り取っているのは「言語」です。
「マンマ」「パパ」「ママ」「ワンワン」こうやってひとつずつ、世界を言葉で切り取る作業を積み重ねて、今の現実が出来上がってきたのです。
風景から、山や空を切り取れるようになったから、一続きに目に映る何かでは無くなったのです。
ということは、モノ(言葉)を知らない人は、そのモノが存在していることすら分からないということになります。
原始人がiPhoneを見ても、変わった石だな~くらいにしか見えないのと同じことです。
これは、タロット教室で学ばれているみなさんにも大切なことですので理解しておいてくださいね。
カードの絵を見て感じることを、クライアントさんが理解できるような言葉に翻訳するための知識がなければ、あなたの感じたことなど、何の役にも立たないということです。
関係性のあるカードの並びから、ひとつの見解を導き出すためにも、まずは論理的に読み解く思考が必要になります。
タロットで大事なのは、その人の感性です。
知識だけではダメ、情動だけでもダメなのです。
論理と情動、そのLUBこそが、その人の感性であり、そのための知識と感じる力がいかんせん必要なのですよ、ということですね。
※LUBとは、『least upper bound(リースト・アッパー・バウンド)』のことです。
ざっくりいうと、最小での共通項のことを指しています。(数でいうと最小公倍数みたいな)
お菓子作りの材料に例えるならば・・・
くるみ・アーモンド・マカダミア・ヘーゼル・ピーカンのLUBといえば、ナッツ類。
シュクレ・ドルチェ・スーパーバイオレット・スーパーカメリヤのLUBといえば、小麦粉。
グラニュー糖・粉糖・ブラウンシュガー・白双糖・黒糖のLUBといえば、砂糖。
結局のところ、上記すべてのLUBは「製菓材料」ともいえてしまうわけですけど。
情報量がそぎ落とされているほど、抽象度が高いといえます。
その分、いろんなものを包括しているともいえます。
「製菓材料」には、上記の材料だけでなく、その他のもの(バターなどの乳製品やリキュール、エッセンス類、ゼラチンなどの凝固剤など)も実は含まれているということですね。
どうあれ賢く生きましょう。
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