秋分の日を迎えて感じること

Fortune Tarot

最近、いろいろあり過ぎて小休止してました

いつもありがとうございます。

8月から怒涛のように、自分の信念の見直しや、自分が生きてきた物語の見直しが進められているような気がしてなりません。
余計なモノを捨てて前に進むために、過去をもう一度直視せざるを得ないきっかけやご縁ができやすい期間なのかな?と、勝手に解釈しています。

人の記憶なんて、時間の経過とともに好きなように書き換えられてしまうものなので、私が個人的に経験したしんどかったことでさえ、かなり自分寄りにデフォルメ化しては上書き保存を繰り返しつつ、自分の物語に変化しながらここまできているのだろうと感じています。

ぶっちゃけ起きたことはどうとでも解釈可能なので、その場に居合わせた人たちの記憶というのは、それぞれ好き勝手に保存されていて、全て脚本は異なることでしょう。

起きた出来事自体は意味を持たなくても、それをその人がどう捉えるかでそれぞれの意味が生まれ、そこにそれぞれの感情がくっついてくるのだから、みんな違っていて当たり前ですし、仕方がないことです。

これを読んでくださっている方の中には、ここ数か月、嫌でも過去の自分と向き合わなくてはならない状況を乗り越えてこられた方も、多くいらっしゃるのではないかと思います。

個人的な思い込みかもしれませんが、今年に入って特に、ご相談いただく内容が、その人の人生の大きな節目に関わるようなものばかりになってきている気がします。
自分の経験上、どんな話を聴いても、もはや驚かないようにはできているので、どんなことでも遠慮なくお話しいただいて全く構いません。

世の中はきれいごとばかりではなく、むしろ蓋を開けてみればどんな環境であっても闇はあるのだということです。
だから、悩んだり迷ったりすることは、何も特別なことではありません。

人の不幸は蜜の味

ご相談の中には、理由はどうあれ「あらぬ噂を周囲に流されて困っている」という方も多いです。
「人の噂も七十五日」というように、世間を大いに賑わせた芸能人の話題でさえ、しばらくすれば記憶のかなたに葬られていきます。

毎日毎日何十年にもわたって繰り返しワイドショーに取り上げられる「同じ人の同じ話題」なんて存在しないように、人の噂なんてそんなものです。言いたい人には言わせておきましょうというのが本音です。また、本当のあなたを知っている人が聞けば、その噂が本当かどうか、ちゃんと理解してくれるはずですから。

ただし世の中には、周囲に不幸がないと生きていけない人たちも少なからず存在しています。
「あの人と比べたら自分はまだましだ。」「あの人より自分の生き方のほうが正しい。」という風に、周囲に自分よりもダメな人がいることで、安心して生きることができると思い込んでいる人たちです。
こういった人たちは、そうやって人の不幸や何かに依存しないと生きていけないと思い込んでいるため、自分以外の何か(誰か)に人生の価値を委ねることで、さらに自分を見失っていく傾向があります。

その根底には「自分ひとりでは自分の価値が認められない」といった傾向や「絶対に失敗したくない」という恐れがあったりします。
そこを穴埋めするかのように、やたら他人の不幸を知りたがったり、人の悪い噂を正義感たっぷりに話して回ったりする人もいるというわけです。

世の中のいう『これが正しい生き方です』に従っていれば間違いないはずだ!と思い込んでいる人は、常に社会(外側の情報)にコントロール(指示・依頼・強制)されながら生きていたりします。

「リア充」のために、世の中の情報に流されては予定を入れて必死になっている人、あなたの周りにもいませんか?

過去は変えられないからこそ今をきちんと生きる

私自身、これまで100%真っ白な生き方をしてきた人ではありません。
誰かを傷つけたり、誤解されたり、振り回されたり、批判されたり、その逆のことも然り、大なり小なり分かりやすい失敗を数多く重ねてきました。
その時は苦しんだり、悲しんだり、絶望の中でなす術が見つからなかったりもしましたし、どうして?なぜ?と相手に聞くに聞けない状況だったことも、もちろんあります。

しかしそういった中で、現在も私の方から誰かを恨み続けたり、この先不幸であれと願ったり、周囲からの評価を下げてしまえなどという思いを持つことは、もはや無いです。
むしろそういう出来事があったからこそ、いろんな感情を経て今の私ができあがってきたわけなので、逆に本当にありがとうございます、です。
そして、多少なりとも関わってお世話になったのだから、カタチはどうあれ、最期までお幸せに(お過ごしいただけたら)と願っていたりします。

でも、世の中には、そうではない人も存在するわけで、他人のことをいつまでも(あることないこと)悪く言ったり恨んだり嫉んだり憎むことで、結果的に自分の人生の価値を下げ続けていることに気がついていない方もいらっしゃるようです。

過去のことについて、起きてしまったことは、今さらもう、どうにもなりません。
スッキリしないことや、謝って欲しいこと、もっと丁寧に扱って欲しかったこと、思い通りにいかなくて腹が立ったこと、いろいろあるとは思いますが、もはや過ぎ去ったことであり、登場人物も、その時とは環境も考え方も、あなたの存在意義自体もすでに変わってしまっていて、あの頃とまったく同じではないということです。

しかも、今さら相手が不幸になったり、土下座して謝ってきたからと言って、あの時の嫌な記憶が無くなるわけではありません。
要は、自分の考え方次第だということです。そのことをどう受け取るか?ですね。

いつまでも被害者でいるのか、あれがあって良かった!と成長の肥やしに変えていくのかは、その人次第だということです。

唯一正しい答えなんてない

人生にはいくつもの選択肢があって、どれが正解なのか?最初から答えなんて分からないものです。
それらをいくつか実行してみて、初めて正解かどうかが分かってくるものですから。

自分の人生を生きるには、勇気や覚悟、チャレンジが必要です。

ただし、先に答えがないと、何かを始められない人も世の中には存在します。
そういった人たちは、未知の世界や可能性の世界になかなか踏み出せないので、結果、いつまでも現状にとどまったままの生き方になります。

無限の可能性の中で生きるのか、正解を探して過去の制限の中で生き続けるのか、どちらが良い悪いではなく、選ぶのは自分だということです。

秋分の日を前にして、個人的に過去を思い返すようないろんな出来事が起こったので、悔いのない生き方をすることに決めたあの時の自分に改めて感謝したところです。

これまで生きてきた中で、理由を見つけては決断を先延ばしにしたり、自分を棚に上げては世の中を酷評したり、当事者である割には事なかれ主義の大人をたくさん見て育ってきました。もちろん、かつての私もそうでした。

ここから先は、そうではないような生き方をすると、改めて心に決めたところです。
人間なのでミスはしますが、同じことを繰り返さないように心がけようと。

もしもこのブログを読んでくださっている方で、何かしら心が苦しい時は、遠慮なくお話しください。
世の中には誰にも理解されないようなことも、理不尽なことも突然降りかかったりします。
それがどんなカタチで自分の身に起こるかは、誰にも分かりません。

何か問題が起きた時、自分だけで抱えるのではなく、医者や弁護士や銀行などを利用するのはもちろんですが、こういった場所もあるのだと知っておいていただけると幸いです。

コーチの藤井裕子(紫晶瑠璃)です。 心地よい空間でリラックスしていただきながら、 日頃のストレスや緊張で凝り固まった心と身体を癒すお手伝いをしています。 タロットや気功、コーチングを通して、 あなたの未来に良い変化が訪れますよう、全力でサポートしています。 ささいなお悩みでも大丈夫です。ぜひ一度足をお運びください。

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